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広すぎる海 1

 カレンダーを眺めれば夏も終わりな気がする8月の終盤。
 実はまだまだ暑く部屋の中ではクーラーが唸っている日曜日。その日は日曜日なのにシロがやってきた。日曜日は陸が家にいると言うのに、少しは気を使えっていうんだ。碧は腹の中で毒づきながら麦茶を出す。本当はアイスコーヒーもジュースも買ってあったけれど、空気の読めない客には麦茶でももったいない位だ。
 シロは大量の荷物を持ってやってきた。
 出された物が麦茶であった事にはこだわらず、半分まで一気に飲み干した。
「碧。これ碧におみやげっ」
 大きな手提げ袋が二つ。中にはぎっしりと箱や袋がつまっていた。ブランド物の紙包み、定番のナッツ入りチョコレートの箱。どう見ても海外旅行のお土産品だ。シロ自身の肌も程よく小麦色になっている。夏の間連絡してこないと思ったら、ほとんど海外に行っていたらしい。海外に連れて行ってくれる人には不自由していないシロだ。普段でも月に一度はどこかに行っているらしいし、忙しい事だ。
「なに、こんなに」
 海外旅行など行ったことのない碧はひがみ半分で口を尖らす。しかし目ではしっかりと袋の中にあったお気に入りのチョコレートを見つけていた。
「お土産だってば。あっちこっち行ったからさ。お土産色々買ってきたんだけど、忙しくて渡しに来れなかったから」
 碧が喜ばないのでシロはしょんぼりしながら残りの麦茶を飲んだ。少しかわいそうになって、お変わりをついでやる。
「それにしても……、多くない?」
 丈夫なビニール製の袋にぎゅうぎゅうにつめられたお土産たち。引っ張り出して並べたら広いリビングを埋めてしまいそうだ。大半がチョコレートやドライフルーツと言ったお菓子。絶対碧が使わないような、派手な色のリップクリームや爪磨きもあった。どんな基準なんだろう。それより、気になるのはその中に紛れ込んでいるいくつかのブランド物の箱や包み紙。お菓子ならともかく、あまり高価な物をもらいたくない。シロから過去にも何度か海外旅行などのお土産をもらった事があった。しかし、碧が興味を示さない為、ブランド物の財布などは買ってきたことがなかった。あってもせいぜいTシャツくらい。碧が一番喜ぶのはお菓子類だ。ヨーロッパに行った時はめずらしいチョコレートをたくさん買ってきてもらった。
 シロは新しい麦茶に口をつけていった。
「んーとね、半分は俺からなの」
「半分?」
 碧が首をかしげる。シロは袋を指差して、
「半分は、一緒に行った友達から」
 と言った。
「は?」
 お土産の量や種類から見ると、一箇所の土産ではあるまい。色々行ったというのは、いろいろな場所に色々な人とということか。シロは友人と恋人の中間に位置するが異常なくらい多いからそんな事はよくあるのだが……。
「一緒に行った友達って?」
 今日もビールを傾けていた陸が口を挟んだ。彼は今まで二人の会話には特に加わらず、碧とシロが話しているのを楽しそうな顔で見ていただけだ。
「んーとね」
 シロはそう言って一つの赤いリボンがかかった箱を引っ張り出した。街中でも見かけるブランドのロゴが入っている。箱にはカードがついていた。
「これはきーちゃん」
 誰だそれは。
「こっちは、アユさん」
 どこの魚?
 碧がポカーンとしている横で、シロは色々な箱を引っ張り出して名前を挙げる。その中に碧が知っている名前は一つもなく、そういえばシロの口から何度か聞いた事のある名前もいくつかあったような……という程度だ。
 大体どうして名前も知らない人がこんな物を碧に買ってくれるのか。大方シロが買ってもらった物の中で、いらなそうな物をチョイスしてきたのだろう。そう思ってカードの一つを手にとっても見ると、
『碧君へ』
 と書かれていた。メールアドレスと共に。
「うわっ」
 という悲鳴と共に思わず碧が投げ出す。失礼な扱いだ。失礼な扱いではあるが、知らない人間からの贈り物(メルアド付)などは受け取ってもろくな事にならない。碧は首をブンブンと横にふった。
「いらないっ。全部引き取って」
「あんまり気にしなくてもいいと思うよ。付き合って欲しいとか、エッチしたいとか思ってないと思うから」
 じゃあ何でメルアドついているんだ。脅えながら別のカードを見る。こちらには名前や連絡先は入っておらず、その代わり一言メッセージが書いてあった。
『いつもシロ君のお世話ご苦労様』
「……」
 これはシロという人間をよく知っている人からの言葉に違いない。よくシロから、碧と一緒に遊んだ時の話などを聞いているのだろう。普通の精神をしている人間なら、シロと遊んでいる碧がどれだけ辛抱強いかがわかるはずだ。それに対する御褒美、といったものなのか。うーん、と碧は考える。
「名前や連絡先が入っているものはやめて、それ以外のものだけもらったどうだ」
 陸がアドバイスをする。よくよく見ると、名前の入っていないものはさほど高価な物ではなく、普段使えるような日用品や食べ物が多かった。
「それでいいと思うな。名前とか書いてない人は『気を使わないように』って言ってたから」
 シロもいう。メルアドがわかっていたら、お礼のメールなどをしない訳にはいかないだろう。その下心が見えているものはどうしても受け取りたくない。お礼でデートなどと言われたら、相手の肋骨を折りかねない。
「わかった。そうする。シロさん、悪いけど他のは……」
 碧はシロに申し訳なさそうに言った。せっかく買ってきてもらったものを『返してきて』というのは申し訳ないのだが、受け取るわけにはいかない。
「うん。いいよ。はじめっから碧が受け取らなかったら、俺がもらっていいことになってるもん」
 シロはけろりとしていった。
「一応ね、みんなに『碧受け取らないと思うよ』って言っておいたし。それでもちょっとしたものなら、って言って買ったものばかりだから」
 碧が悩んだと言うのに、全くいやなやつだ。先に言ってくれればいいのに。全部返してしまおうかと思ったが、おいしそうなチョコレートの包みがあったのでやめておいた。
 色々なお土産を開けてみて、三人で一通り盛り上がった後、碧は急に思い出して寝室になにかを取りに行った。そしてすぐに戻ってくる。
「じゃあこれ、シロさんにお土産」
 そう言って差し出したのは小さなキーホルダー。なにやら可愛いような、可愛くないような地域のマスコットキャラクターがついている。碧は真剣に選んだつもりだったが、横で見ていた陸はやけに冷めた目をしていた。
「なに、これ?」
 シロがきょとんと目を見開いてそれを見つめる。
「お土産」
 さっきの会話を逆にしているようだ。本当はお菓子もあったのだけれど、シロがいつくるかわからないという理由で碧が食べてしまった。おいしかった。
「お土産って、なんの?」
 シロはそれを手に持って聞いた。
「八月の頭に陸さんの実家にお邪魔したの。その帰りに買ったお土産」
 今年は陸がしっかりと長期休みを取れたので、春先に始めてお邪魔した陸の実家に二人で帰ったのだ。御両親と話をしたり、陸にいろいろな所に連れて行ってもらったり、充実した夏休みが過ごせた。車だった為、帰りは少し寄り道をして、これはそのときに買ったものだった。陸の実家の周囲にはおみやげ物やさんなどはなかったのだ。
 シロは今度はじっと陸のほうを見た。そしてまた目をぱちくりさせる。
 そんなにそのキーホルダーは気に入らないだろうか。確かに、はじめてみたときは碧もどうかと思った。しかしずっと見ていると可愛いような気がしてくる。一時間くらい眺めていればシロもきっと気に入るに違いない。ただ、気の短いシロは五秒で投げ出すのだが。
「それ、いや?」
 陸から散々うけた冷たい視線が気になって、碧が顔を引きつらせながら聞く。今も陸はちょっとアレな目で碧を見ている。
 シロはもう一回キーホルダーを見て、そして碧に視線を戻した。
「二人で行ったの?」
 当然だ。陸の実家に碧が一人でいくはずもない。碧は黙って頷いた。
「……ぃ」
 シロが、何か言った。
 小さい、聞き取れない声で。
「は?」
 碧が聞き返す。
 シロはまたしばらく黙って。それから急に碧に飛び掛った。
「ずるーーーーいっっ。何で二人で行ったのー!?」
 ぎりぎりで空のコップを床に転がし、碧はシロに馬乗りにされた。
「ずるいずるいっ!碧はどうせドコも行ってないと思って、お土産買ってきたのにっ」
 そんな可哀想な子扱いを勝手にされても困る。確かに夏も冬も、陸に旅行などに連れて行ってもらったことはほとんど無い。いつもシロたちにお土産をもらうだけだ。ちょっと寂しいなと思っていた事もある。しかしそれは陸の仕事の都合で、仕方が無いことだと理解していた。だから珍しく長期の休みが取れたと二人で陸の実家に帰ったのだ。めったにない事なのだからいいではないか。友人ならば喜んでくれてもいいはずだ。碧はムッとする。
「あー、はいはい」
 陸がシロを後ろから掴みあげて、ソファーに座らせる。陸にかかるとシロも軽々と持ち上げられてしまう。シロはぎゅっとキーホルダーを握ったまま、目に涙を浮かべて碧を睨んでいる。そこまで碧が陸と出かけたのが気に食わないか。
「碧、ズルイ」
 碧を睨みながらもう一回シロが言った。
「なんで?」
 碧は仁王立ちしてそれを受けた。
 陸は面白そうな顔をしてそれを見ている。
「だって俺、俺……、一回も宗ちゃんと出かけてないのに」
 シロの言葉はだんだん小さくなって、やがて顔まで俯いて、言葉の最後にはシロはソファーで丸くなってしまった。
 シロの恋人の宗一郎は大学の休みを全てバイトにあてがう。絵に描いたような貧乏学生なのだ。だからシロはいつも他の人と過ごしている。碧もいつも陸が仕事で忙しいので一人で過ごす。シロと碧の全く毛色の違う二人にある親近感はそれだ。
 今回もシロは、碧が家で一で人陸を待っていると思って、お土産をたくさん買い込んできたのだろう。シロに何も言わず陸と遊びに行っていた碧に、かなりのショックを覚えたらしい。
「ずるいよ、碧」
 人の家のソファーを占領して、シロがもう一度呟いた。




 

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